二見ヶ浦


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旧神領内 三十三ヶ所 観音めぐりに参加しました。
伊勢志摩巡礼の会による
旧神領内 三十三ヶ所 観音めぐりに加しました。

江戸期にんであった、「おかげまいり」による
「神宮 百二十五社」めぐり
そして、もう一つの「おかげまいり」と言われた
「西国伊勢観音三十三ヶ所」めぐりがあります。


今回の「神域内観音三十三ヶ所霊場」めぐりは
伊勢神宮の旧神領内に三十三ヶ所ある観音さまの霊所めぐりで
その昔「おかげまいり」で気づいた伊勢人(いせびと)が忙しい商売の合間に
神域内の三十三ヶ所にでた由緒あるお参り
正式名称を「観世音三十三ヶ所巡禮」と言いまして
続きに「弘法大師二十一ヶ寺礼所」。

伊勢志摩巡礼の会により、三十三ヶ所を三回にわけて巡ります。

第一回目は、3月27日、1番 善光寺に集合して9か所を巡りました。

そして、第二回目は、5月14日、7番 中山寺からスタートです!!


境内には、子児のかん虫封じに300年の伝統をほこる、乾達婆堂があり
釈迦八部衆の一である乾達婆神王(かんだつばじんおう)を祀ります。

勢田川沿いを歩いて

カメさんが日向ぼっこ

つぎの 8番 世義寺に
中世、大峰山修験道の先達寺院として栄えましたが
現在は護摩堂が当時のおもかげを残します。

毎年、7月7日に行われる柴燈大護摩は日本三大護摩のひとつ
世義寺(せぎでら)の護摩として10万人の信者でにぎわい
露店も並び、伊勢の夏の風物詩のひとつになっています。


春の陽気にアゲハ蝶♪

20番 光明寺
天平年間(8世紀)に聖武天皇の勅願によって創建されました。

13世紀の南北朝対立のおり、後醍醐天皇の皇子 義良親王を奉じて
北畠親房父子や結城宗広などが、出帆の準備をしたとされます。

光明寺の一つ鐘

19番 正寿院

赤門寺正寿院さんでは、コンサートやライブなど集いの場として。
また通称「赤門さん」として親しまれています。

13番 大林寺 

歌舞伎の演目として知られている
「伊勢音頭 恋寝刃 (いせおんど こいのねたば」
当時の古市三大妓楼のひとつであった
油屋での騒動の主人公 お紺と孫福斉の比翼塚があります。

ご本尊は阿弥陀如来さま

10番 寿厳院

境内にある「眠地蔵」は不眠症や子供の夜泣きに
「身代わり地蔵」は病人の身代わりになってくれると伝えられています。
本堂は建築中で出来上がりが楽しみです。

1番 善光寺

前回、住職が不在で、今回はご都合がつきお話を伺えることができました。

楽しみの昼食♪
今回は善光寺さんで大喜さんの仕出し弁当です。

2011年ファイブパール認定店
の割烹 大喜さん♪
そして、お昼休憩中に
外宮前で行われていた、楽市楽座へ

手づくりのジョーロ

おいしそうなお米も!

そして、14番 寂照寺

二代将軍・徳川秀忠の娘・千姫ゆかりの寺。
伊勢神宮を厚く崇敬していた千姫の没後、知恩院第37世寂照知鑑上人が
伊勢神宮ゆかりの地、古市に菩提寺として建立しました。

八角回転式の輪蔵を拝見することができました!
享和元年(1801)月僊上人の創設以来のものです。

老舗旅館「麻吉」の世古を通り抜け

15番 本誓寺

先の記述の「油屋騒動」の切傷血塗り廊下を本堂の天井板として供養してきました。

伊勢古事:油屋騒動
寛政八年(1796年)におこった遊郭での切傷事件

お紺に恋い焦がれていた
宇治浦田町の医者 孫福斎(当時27歳)が夜の四ッ半ごろ(午後11時ごろ)
油屋にあがった。同家では お茶くみのお紺(当時16歳)を出し
下座敷でおこん相手に酒を飲んでいたが
阿波の藍玉商人3人がお客として賑やかに登楼し酒宴となり
中居のおまんが、孫福斎 相手のおこんを間抜きしていったことに
腹を立てて突然帰るといい出し、帰り際に玄関で渡された脇差で切傷ざたとなる。


本誓寺の観音さま

16番 心證寺

朝熊山の山頂にある金剛證寺の末寺で
廃仏毀釈により、茅葺雨ざらしのお堂を地元の方々の厚い保護で
現在は立派なお堂が建ちました。

残念ながら、観音さまは失われてしまったままです。
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